レディー・ガガは21世紀究極の母親像を体現していると思う話、もしくは 「並行世界」なんてぶっ飛ばす「Born This Way」


 「もし自分が人生で違う選択をしていたら……」と考えることがある。いわゆるこの世界とは別の「並行世界」があるとすれば、そちらの自分は、この自分とは全く違う生活をしているのではないか。

 東浩紀クォンタム・ファミリーズ」と、そのなかで言及された村上春樹の「三五歳問題」は、まさにこの並行世界を主題としている。同作品は、現代を憂鬱に過ごしていた主人公が何重にも交差した並行世界に巻き込まれることで、家族との絆を再発見しようとする物語になっている。

 「三五歳問題」はこの作品のなかで主人公が執筆した「村上春樹論」として登場する。

 消去法の先にある人生は、過去に「なしとげられる《かもしれなかった》こと」が膨らみながら進んでいく。三五歳を過ぎると、その比重が実際に歩んできた過去の人生よりも大きくなり、人はそこから込み上げてくる憂鬱から逃れられない……とするのがこの仮説だ。

 実に納得するし、思い当たる節もその閉塞感も充分に感じるが、一先ずこちらは置いておいて、ここ2、3ヶ月で私が最も感動しているコンテンツの話をしたい。というより、こちらが本題だ。

 いまや日本でもすっかり有名になったレディー・ガガの曲「Born This Way」の話である。

 同名のアルバムは世界で600万枚以上を売り上げ、日本でも60万枚を売り上げるという超絶ヒットぶりだが、この「Born This Way」は、先述の「並行世界」周りにある「もしもあのとき……」のような考えに纏わりつくモヤモヤした閉塞感をスッキリとぶっ飛ばしてくれる、間違いなく21世紀最高の一曲だと言える。

 「Born This Way」の歌詞は、冒頭から以下のようになっている。

My mama told me when I was young
We are all born superstars
She rolled my hair and put my lipstick on
In the glass of her boudoir


There's nothin' wrong with lovin' who you are
She said, 'cause He made you perfect, babe
So hold your head up, girl and you you'll go far
Listen to me when I say


I'm beautiful in my way
'Cause God makes no mistakes
I'm on the right track, baby
I was born this way


 場面は、ガガが「My mama」から、「We are all born superstars(私たちはみんなスーパースターに産まれてきたの)」と諭すところから始まり、さらに「My mama」の言葉が続く。


「There's nothin' wrong with lovin' who you are/She said, 'cause He made you perfect, babe」
(あなたが何を愛しても間違っていないのよ/神様はあなたを完璧に作ったのだから)



 そして「Listen to me when I say(私の話を聞いて)」と宣言し、ここでガガに話す母親と、ファンに語りかけるガガがオーバーラップし、サビへと入っていく。


「I'm beautiful in my way/'Cause God makes no mistakes/I'm on the right track, baby/I was born this way」
(私は私の中で美しいの/だって神様は間違わないから/正しい道の上にいるのよ/この道に産まれてきたの)



 「だって神様は間違わないから」と母親の言葉を無条件に引用し、自分を信じる根拠とするこの言葉には、それを信じてずっと生きてきたガガと、その才能が華開いた現在の瞬間までが全てここに集約されている。

 「エキセントリックでおしゃべりで大胆でドラマチック」だったというガガは様々なインタビューで、幼少からつい最近に至るまで、いじめだったり敬遠されていた経験を告白している。*1

 「神様は間違わない」とは一見無根拠で気休めのようでありながら、ガガは自らが舞台に立つことで過去に打ち勝ち、その言葉が間違っていないことを見事に証明した。だからこそ、この言葉には、信じるに値する異様な説得力が詰まっている。

 そして、このあとに続くBサビ(という言葉であっているだろうか)の歌詞はこうだ。

Ooh, there ain't no other way, baby, I was born this way
Baby, I was born this way


Ooh, there ain't no other way, baby, I was born this way
I'm on the right track, baby, I was born this way


 ガガは、「there ain't no other way, baby, I was born this way(他に道なんてないの、この道に産まれて来たんだから)」とこの部分ではっきりと宣言している。「他に道なんてない」と繰り返し断言するガガの前に、「仮定法過去」の悩みは不要だ。

 その道に産まれ、その道を歩んできた。誰かに変だ、間違っていると言われても、そんなことはない。あなたがいま居る場所があなたそのものなの! だから自分を信じなさい! 私だってそうだったんだから!……この曲からは、そういった気迫を感じてしまう。

 「並行世界」に対する憂鬱は、「Born This Way」の一曲さえあればいつでも打ち勝つことができる。ガガが幼い頃、母親から勇気を貰ったように、ガガもファンたちを母親として鼓舞している(ミュージックビデオの冒頭では、「Message from Mother Monster(母なるモンスターからメッセージを)」という言葉が入る)。

 それは、次の歌詞を見てもわかる。


「Whether life's disabilities/Left you outcast, bullied or teased/Rejoice and love yourself today/'Cause baby, you were born this way」
(たとえ障害があって/無視されたり、いじめられたり、からかわれていても/今日のあなたを讃えて、愛して/だってあなたはその道に産まれたのだから)



 「もし……」なんて弱音を吐かなくても、その個性を最初から認めてくれる。そんな、あるがままの自分を無条件に受け入れてくれる21世紀究極の母性。それがレディー・ガガだ。

 そして、「もしあのとき違う選択をしていたら……」と思い悩んでしまったときは、「バック・トゥー・ザ・フューチャー」を見るのでもなく、「クォンタム・ファミリーズ」を読み直すのでもなく、この「Born This Way」を聞いて勇気をもらうべきだ。だって、「並行世界」や「ありえたかも知れない現在」など、所詮は夢物語でしかないのだから。